東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)152号 判決 1962年7月17日
原告 塩沢一男
被告 東京ナシヨナル機器販売株式会社
主文
特許庁が昭和三四年審判第二九号事件について昭和三六年一〇月二日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨および原因
原告は、主文どおりの判決を求め、請求の原因として次のとおり主張した。
一、原告は登録第四五〇九九二号実用新案の権利者であつて、昭和三四年一月二四日、被告を相手どつて(イ)号図面および説明書に示す紫外線殺菌器の構造は前記実用新案の権利範囲に属する旨の権利範囲確認審判を請求し、同年審判第二九号事件として特許庁に係属したが、特許庁は審理の結果昭和三六年一〇月二日に、被請求人(被告)が(イ)号図面および説明書に示す紫外線殺菌器を製作販売している事実はこれを認めるに由なく、請求人(原告)は被請求人(被告)を相手として本件確認審判請求をなすにつき利害関係を有するものとすることができない、との理由によつて、右審判請求を却下する、との審決をし、原告は同月七日その謄本の送達を受けた。
二、しかし、右審決は次の理由によつて違法である。
(一) 被告が右審決前印刷配布したカタログ(審判事件の乙第一号証、本件甲第四号証)の第一頁には本件審判の(イ)号図面および説明書に示す殺菌器の写真が掲載され、第二頁には「ナシヨナル殺菌灯の特長」と題し、前記製品の説明を掲げ、また第三頁には「ご使用方法」と題し、右製品の使用方法を説明してある。被告が(イ)号図面および説明書に示す殺菌器を製作販売している事実は、このようなカタログを被告において印刷配布している一事によつて明らかである。
審決は証人吉崎悦治の証言を引いて右事実を否定しているが、右証言内容を検討するのに、前後矛盾し、かつあいまいをきわめていて信用するに足りない。
そこで原告は右審判事件において証人として松下幸之助の尋問を求めたが、右申請は採用されなかつた。
このように、本件審決は、当然なすべき審理を尽さないで、被告の云い分を一方的に認め、事実誤認の上に立つてなされた違法のものといわなくてはならない。
(二) 仮に(イ)号図面および説明書の製品を被告が製造せず、又は取り扱わなかつたとしても、被告は原告と同一種類の製品を業として取り扱つているから、いつ心境の変化によつてこれを取り扱わないとも限らない。いわんや、被告は右製品を表示した甲第四号証のカタログを印刷配布したものであるから、少なくとも被告にその製造販売をする意思のあつたことは明らかで、これによつても、被告が右製品を取り扱うにいたる危険のあることは、明瞭にこれを認識することができるのである。
しかるに、本件審決が本件審判請求の利害関係を否定したことは、事理に反するものといわなくてはならない。
よつて、右審決の取消を求める。
第二被告の答弁
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、次のとおり答弁した。
一、 原告主張事実中、原告がその主張の実用新案権者で、被告を相手取つてその主張の権利範囲確認審判を請求したところ、その主張のような審決があり、その主張の日その謄本が原告に送達されたこと、およびその審決の理由が原告主張のとおりのものであることは認めるが、右審決を違法であるとして、原告の主張する点については、争う。
二、(一) 被告は、本件権利範囲確認審判の対象物である(イ)号図面およびその説明書に示す紫外線殺菌器を製作または販売したことは全くないので、かようなものを対象物とする本件審判についてはなんらの利害関係がなく、その被請求人としての適格性もない。
(二) 被告が本件審決前甲第四号証のカタログを印刷配布したことは争わないが、右カタログの第一頁に掲載された写真の器具の扉右側に記載された「紫外線殺菌器」なる文字の上に示された商標は、ナシヨナルの商標ではなく、これと全く異なる商標である。左側の「ナシヨナル殺菌灯」なる文字の上にはナシヨナルの商標を表わしてあるが、これはこの紫外線殺菌消毒器に使用している殺菌灯がナシヨナルの製品であることを示すにすぎないもので、消毒器全体を被告が製造販売していることを示しているものではない。またその第二頁に記載された文章も、ナシヨナル殺菌灯およびスイツチの特長を述べたにすぎないもので、この記載によつても、被告が(イ)号図面およびその説明書に示す殺菌器を製造販売していることを立証し得るものではない。
(三) 原告は、本件審判手続においてその申請の証人尋問が行われなかつたことをもつて、審理を尽さなかつた違法があると主張するが、松下電器産業株式会社ではとくに特許部を設けて特許に関する事務の処理に当らせているので、社長(現会長)たる松下幸之助は特許に関する細かいことを関知しているはずがなく、このような証人を尋問してみても意味がないことは明らかである。本件審判手続で右証人尋問を行わなかつたことは、相当であるというべきである。
(四) また、本件権利範囲審判は(イ)号図面およびその説明書に示すものを対象とするのであるから、これを製造も販売もしていない被告は、たとい原告と同業であつても、本件審判につき利害関係がなく、その被請求人たる適格性もないことは、きわめて明らかである。
要するに、本件審決には何らの違法の点がなく、その取消を求める原告の請求は理由がない。
第三証拠<省略>
理由
一、原告はその主張の実用新案権者であつて、その主張の権利範囲確認審判請求に及んだところ、原告主張のとおり、右審判の被請求人たる被告は(イ)号図面および説明書に示す紫外線殺菌器を製作販売している事実を認めるに由なく、原告は被告を相手として右審判請求をなすにつき利害関係を有するものではない、との理由で、右審判請求を却下する、との審決があり、原告はその主張の日に右審決の謄本の送達を受けたことは、当事者間に争がない。
二、被告が本件審決前甲第四号証のカタログを印刷配布した事実についても、当事者間に争がない。そこで、成立に争のない右甲第四号証をみるのに、右カタログは、第一頁下部に大きく「ナシヨナル殺菌灯十五W付紫外線消毒器」と横書し、上部には「近代的な完全消毒器(強力な殺菌力を誇るナシヨナル殺菌灯)」と横書し、その右に次に説明するような紫外線殺菌消毒器の写真を掲げ、さらにその右側に「ナシヨナル殺菌灯15W付(3段切換スイツチ式)現金正価32,000円」と横書し、第二頁には「ナシヨナル殺菌灯の特長」第三頁には「ご使用方法」と題して、殺菌灯の特長、使用方法につき説明し、第四頁には「ナシヨナル殺菌灯の殺菌力」と題し、厚生省国立衛生試験所試験結果であるというその殺菌率を表示し、その下に「ナシヨナル」の文字を含む標章の横に、横長方形白地の、上部に小さく「ナシヨナル殺菌灯特約店」と横書に附記してその余の空白にした部分をのこしたものであること、そして前記第一頁に掲載された写真は扉を有する戸棚様の容器を表わしたもので、その左側の扉には「ナシヨナル」の文字を含む標章の下に「ナシヨナル殺菌灯一五W付」と、また右側の扉には、一見何を表現しているか不明確な標章の下に「紫外線殺菌消毒器」と記載してあることが、明らかである。
これらの記載と写真とを合せてみれば、右カタログはナシヨナル殺菌灯を装備した紫外線殺菌消毒器(現金定価三二、〇〇〇円)販売のために作られたものと認めるのが相当である。その特長、使用方法、効果等がもつぱらナシヨナル殺菌灯について述べられてあることも、右殺菌器の主な作用効果は殺菌灯によつて果されるのであつて、その他の部分は右殺菌灯の効果を果すのに便利なように工夫された容器および附属品であることから考えると、右認定を左右するには足りないというべきである。
このようなカタログを被告が印刷配布したということは、被告が少なくともそこに掲載されてある紫外線殺菌消毒器を販売する意図を有していたことを推測させるのに十分である。右カタログ中、殺菌灯以外の殺菌器の部品がナシヨナル製品であることを示す記載のないことも、またその扉に記載された「紫外線殺菌消毒器」の文字の上に表わされた標章が何を表現するか明瞭でないということも、同じカタログの第一頁に「ナシヨナル殺菌灯十五W付紫外線消毒器」と大書し、右消毒器の写真を掲げ、かつ現金定価(殺菌灯の定価ではなく、殺菌器の定価であること、右記載の位置よりして明らかである。)さえ明記してあることと考え合せて、右推測をくつがえすに足りないものといわなくてはならない。その他これに反し、被告は右カタログを印刷配布したが、それに表示された殺菌器販売の意図は有していなかつたことをうかがわしめるに足る何らかの特別の事情があつたことについては、何らそのような事実の主張立証がない。そして、本件権利範囲確認審判における(イ)号図面および説明書に示す紫外線殺菌器なるものは、前示カタログに表わされた紫外線殺菌消毒器と同一のものを意味することは、成立に争のない甲第一号証(本件審判請求書)および弁論の全趣旨に徴し明白であるから、被告は(イ)号図面および説明書に示す紫外線殺菌器につき少なくとも販売の意図を有していたと認められてもやむを得ないところである。少なくとも、前示各認定の事実によれば、被告は、右カタログを印刷配布することによつて、他に特段の事情の認められない本件においては、本件審決以前からこのカタログに表わされた紫外線殺菌器ひいて(イ)号図面および説明書に示す紫外線殺菌消毒器の販売のための展示をしているものと認めることができる。かゝる事実は、これをもつて、本件実用新案権者である原告が被告を被請求人として(イ)号図面および説明書に示す紫外線殺菌器の構造が右実用新案の権利範囲に属することの本件確認審判を請求する法律上の必要をそなえているものと認めるのが相当である。
成立に争のない甲第三号証(本件審判手続における証人吉崎悦治の証言調書)によつても右認定をくつがえすことができない。
三、本件審判においては、本案に入つて、(イ)号図面および説明書に示す殺菌器の構造が原告の実用新案の権利範囲に属するか否かを審理すべきであつたにかゝわらず、原告に右審判を請求すべき利害関係がないものと認めて、右審判請求を却下するの審決をしたことは違法であつて、右審決は取消をまぬかれない。
よつて、右審決の取消を求める原告の請求を理由ありとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 関根小郷 入山実 荒木秀一)